青色発光ダイオード事件
- 2014年10月14日
- 知的財産関連
「1200億円特許」と話題になった、青色発光ダイオード事件をわかりやすく解説したコラム。昔の当事務所webサイトに掲載していた記事のリサイクルです。
以下の文章は2004年掲載当時のままです。ご注意ください。
中村修二氏と日亜化学工業株式会社の争いに関する判決(平成16年1月30日東京地裁平成(ワ)第17772号)は、発明者に対する巨額の報酬が認められたことで話題になった。
世間では「十分な報酬を与えなかった会社がケチ」、あるいは「一社員に過ぎない者が大金を請求するとはけしからん」だとか、様々な意見が出ているようだ。感情的な意見はさておき、ここでは特許法及び判決文の内容を基に、状況を解説していきたい。
●「1200億特許」の概要
今回の裁判で対象となった特許は、半導体結晶膜の成長方法に関するものである(特許第2628404号)。内容を簡単に説明すると、基板の横方向から反応ガスを供給し、更に基板の垂直方向から不活性ガスを供給して、先の反応ガスを基板表面に押さえつけるというものだ。
先行技術(従来技術)としては、基板の横方向から反応ガスを供給する方法は既にあり、また、基板の横方向から原料ガスを噴射し、更に基板の上方向から原料ガスに反応するガスを噴射するものもあった。
この特許のポイントは、基板の上方向から噴射する押圧ガスを反応ガスに害を及ぼさない不活性なガスとし、単に押圧の目的のためだけに用いたという点である。
尚、この特許は請求項(特許権を主張する範囲を定める記載部分)が1つしかない。
●なぜこの発明を選んだか
中村氏は日亜化学在籍中に176件の特許を取得している。
にもかかわらず今回、訴訟をするにあたって中村氏側が選んだのは特許第2628404号のみである。その理由のひとつとして考えられるのは、この特許が日亜化学にとって青色LED(発光ダイオード)を製造する基本的な方法だという点である。つまり、日亜化学で製造されるLEDの全てに権利が及ぶから、それだけ利益の額が最大になるのだ。
また、その他の理由としては、対象となる特許をひとつに絞ることで、論理の明確化・早期決着を図る、という点もあるだろう。
●日亜化学の主張
一方、日亜化学側は今回の訴訟においてはこの特許を「競合他社に対する優位性のない技術」として、一貫して価値を否定している。
これまで、日亜化学は一連の青色LED関連の特許について、他社に対する実施許諾(ライセンス供与)を行ってこなかった(最近、姿勢が変わりつつあるようだが)。
他社からのライセンス収入ではなく、「独占」によって会社の利益を確保しようとする方針である。これまで他社に対しての侵害訴訟を数多く起こし、青色LED関連の技術で利益を上げていることは周知の事実である。
しかし、今回日亜化学側の採用した鑑定書では、青色LED及びLD(レーザダイオード)の製造販売で14億円以上の損失を出していることになる。さすがに裁判所側も「巨額の利益を得ている現在の実状とあまりにかけ離れた結論であり、同鑑定書の信憑性自体に疑問を抱かざるを得ない」としてこれを退けている。
●「1200億円」の根拠
1200億円とはひとことでいうと、今回対象になった特許が日亜にもたらした「利益」とされた額である。
一般的に、特許の「利益」の額は、その特許に基づく他社からのライセンス料が元になる。しかし、今回は日亜がライセンスせず独占することで利益を上げている会社であるため、「日亜が独占することで得ている利益」=「日亜が他社にライセンスしたら得られる利益」という前提に立って裁判所が算定した額が「1200億円」になったのだ。
裁判所は、本発明を窒素ガリウム系(以降『GaN系』)LED及びLDの製造に関する基本特許であると認定した。その上で、日亜化学の発売開始後から現在に至るまでのGaN系のLED及びLDの売上高に、特許権が切れる平成22年までの予測売上高を加え、本件特許に関するGaN系のLED及びLDの売上高の合計を約1兆2000億円と算出している。これだけの売上が見込まれる製品に関する特許を、競合他社(2社)にライセンス料を20%で実施許諾した場合、他社の売上は日亜の売上の半分(約6000億円分)になると判断した。
ライセンス料は売上高に伴って他社から日亜に支払われるので、結局、
約1兆2000億円×1/2(他社の売上)×0.2(ライセンス料割合)=約1200億円
以上が「1200億円」と算定された概要である。
●中村氏に対する「相当の対価」
特許法では、特許を受ける権利は本来発明者に属すると定められている(特許法29条1項)。つまり、企業が出願する「発明」は、本来の権利者の発明者である従業員から企業に譲渡されたものとして扱われているのだ(米国では、出願の際に発明者から会社への譲渡証の提出が義務づけられているほどである)。
さらに、従業員の発明が企業に譲渡される場合、企業はその従業員(発明者)に「相当の対価」を支払う義務が定められている(特許法35条:2005年4月より改正特許法35条が施行)。
この、企業から従業員に支払われる「相当の対価」は、通常その特許が企業にもたらした「利益」と、企業及び発明者側それぞれの「貢献度」を基に算定される。
一般に企業の発明は製品開発の「チーム」の中で行われるため、一個人の「貢献度」はかなり低くなる。しかし、今回は中村氏側の主張、つまり、会社の反協力的な姿勢にも関わらず困難を乗り越え一人で開発を進めたという特殊性が認められ、発明者の貢献度50%という、異例の「高貢献度」が算定された。
こうして「利益」1200億円の50%、約600億円が中村氏への「相当の対価」となった(但し、中村氏側は、相当の対価の『一部』として200億円を請求していたため、判決では日亜化学側に200億円の支払いを命じている)。
●判決を巡る動き
今回の判決に関しては、算定の根拠となる数値に対する反論や、技術者の待遇改善を指摘する声など、様々な動きが見られる。
また、算定の元として採用されているのが、対象となった特許1件分の内容に基づく利益ではなく、中村氏の青色LED関連発明全体による利益の額である点に違和感を持つ特許の専門家は多い。
中村氏側の升永弁護士は、先の日立の光ディスクに関する訴訟でも、発明者側に有利な判決を勝ち取った「腕利き」弁護士である。
一方、日亜化学側は、判決後、弁護団を一新した。
今後の展開に注目していきたい。
この記事の後の控訴審では、青色ダイオードに関する発明は中村氏だけでなく他の従業員も貢献したと認定され、中村氏の「貢献度」は当初の50%からかなり低いものになり、結局中村氏と日亜は和解に至りました。
和解の概要は、中村氏が関わった全職務発明に対して6億円+滞納金2億円+α。